デルタ地帯の木ノ下


『伊那の古城』篠田徳登より  昭和39〜44年執筆


 木ノ下町の北で天竜に流れ込む川を、帯無川(おびなしがわ)という。常には水のない川でありながら、豪雨になると、地降りの水を集めて氾濫をおこす。その土砂を天竜川原に押し出して、天竜川を東に押しやってしまった。その帯無川のデルタみたいな自然堤防のかげに発展したのが、木ノ下町だ。

 帯無川とは、上流で男が下帯(褌・ふんどし)をひそかに洗っていたら、俄かの出水でその一本しかない下帯を流してしまった。男はあわてて下流の方までさがしたが、とうとう見つからなかった。褌(ふんどし)のない男はさぞ困ったことだろう。それが川の名の始まりだとのこと、面白い話でもある。

 帯無川に狭ばめられた川幅を渡船して川西と川東の連絡をなした。そこに三日町と木ノ下町が出来あがった。川風と出水に恐れおののいてた昔の人も、川除け堤防を作りながらだんだん高い所から河原におりて来た。三日町も、褌(ふんどし)をながした扇状地も、工場と住宅地に拡がっていく。[p53/54]