要害

要害 所在地:辰野町

『伊那の古城』篠田徳登より  昭和39〜44年執筆

 辰野高校の校地の西に南北に一貫した直線的な古道があり、その西五十米の所に要害(ようがい)とよばれる二反歩位の土囲をもった四角形の桑畑が残っている。徳川が天下を統一すると各国大名所領の城塞は一切取りこわさせ、一国一城のみをゆるした。が、要所には必要に応じて、砦(とりで)はゆるした。これを要害と言った。辰野の要害は道をへだてて東に天白の城があり、その間には道を通して矢島氏らが監視していたものだろうか。